言葉の極意
日本には、『言霊(ことだま)』という言葉があります。
それは、言葉に宿る霊的な力を意味していて、信心があるないに関わらず、私たちは、日常のマナーという習慣の中においても、無意識に『言霊(ことだま)』を意識して発言しています。
実際に声に出した言葉が、現実の事象に対してなんらかの影響を与えるということは、確定された事実ではありません。
「私は今日から生まれ変わる」と発言したところで、そこに行動が伴わなければ、何も変わりません。
「今回の宝くじは当たる」と言ったところで、当たる確証などありません。
それでも、多くの人は、言葉に気をつかいます。
迷信だと思っていても、潜在意識の部分で、自分の発言が元で、何かが不幸な方向に向かったら嫌だなと、そんな気持ちが働きます。
お葬式、結婚式等、冠婚葬祭の場面でその気持ちは顕著にあらわれます。
例えば、晴れやかな結婚式の場で、「切れる」「離れる」「繰り返す」といった、別れを連想させる言葉はタブーとされています。
タブーの背景にはマナーがありますが、マナーの背景にあるもの、それが『言霊(ことだま)』なのだと思います。
しかしながら、そのような潜在意識を持ちながら、一方で、ネガティブな言葉を使う場面をみることがあります。
何かの結果を待ってるときに、
「きっと、うまくいかないと思います」
そんな言葉を使う習慣が身についている人がいます。
謙虚なことと、気持ちが引いていることは違います。
「気」が引くのだから、言葉にこもるプラスの力も引いていく、そのイメージをもてるかどうかで、次の方向性が変わります。
冠婚葬祭では使いわけている言葉のセレクトが、自分の気持ちのバランスを保つ場面においては、うまくいかなかった自分を想定し、先に落ち込んでおこうとする結果、ネガティブな言葉をセレクトすることになるのですが、本当のところは、ネガティブな言葉を使う人ほど、とても強く、うまくいくようにと願っているものです。
気持ちのバランスを保つ方法は、十人十色です。
そこに是非は、ありません。
ただ、ビジネスの世界において、『言霊(ことだま)』を有効に活用するイメージをもてないことは、とてももったいないことです。
それを理屈ではわかっていても、突然判断を迫られたとき、多くの人は通常、自分が行っている言葉のセレクトをしてしまいがちです。
そのために、常日頃からの意識の持ち方、言葉のセレクトの仕方が大切になってくるのです。
「落ち込んでいるときほど、前を向いて歩いたほうがいい」これが先人の智恵です。
落ち込んでいる時と、心が弾んでいる時、人は、歩き方に変化が出るそうです。
気が張っていれば、正面を向いて歩けるのですが、一人になった瞬間、落ち込んでいる人は、うつむきがちに歩きます。
地面には、落ち込んでいる時に人が吐き出した、悔しい想いや腹立たしさがマイナスの気としてたまっていて、そのマイナスの気を吸わないために、落ち込んでいる時ほど、下を向かず、正面を向いて歩こうというのが、昔の人の残した元気になれる智恵です。
言葉は身を助け、そして、時に身を滅ぼします。
良いイメージをもてる材料を増やすことは、自身を助けます。
大切なことは、『言霊(ことだま)』が何かをもたらしてくれるか否かではなく、どのようなイメージで自身の言葉と向き合えっていけるのか、そこにあるのではないでしょうか。
